連れ出せ。使い倒せ。

2010年の冬、初めてのデジタル一眼レフを買った。あまりモノを欲しがる性分ではないつもりだが、欲しくなった理由、その時の自分の中のロジックははっきり覚えていない。実家住まいで古いカメラを見つけたからか、就職を控え何か趣味が欲しいと思ったのか、そんなところだった気はする。もともとコンデジ片手に東京散歩するのは好きだった。とにかく買った、Nikon D3100ダブルズームキット。後々長く遊ぶことを考えると、レンズのラインナップからしてCかNかといったところで、店頭で触って比べたところ、シャッターの感触がNの方が好きだったのだ。
安めのレンズを買い足しながら遊んだ。鳥とか鉄道とかモデルとか、特定のブツを撮ることには関心が無かったので、街や公園や勤め先の博物館の展示をうろうろと撮っていた。翌年からは、大学の友人何人かで「写真の会」を開催し、ぶらぶらぞろぞろと街を撮り歩いて、最後にお茶でもしながらお互いに写真を見せ合ったり、ウェブアルバムで共有したりした。一緒に行動していても、人によって撮りたいと感じるものや撮り方が異なるのが面白かった。
ほどなくしてD7000を買った。実は当初から、エントリー機に満足せずステップアップする可能性は十分自覚していたが、何せ一つの趣味にこつこつ取り組む経験があまりなかったので、いったん様子を見たのである。フルサイズほどのお金をかける気はなかったのと、軽さも性能のうちと考えてのAPS-C上位機種。それでも操作・設定の幅が広がったことで、「どのように撮るか」に対する向き合い方が豊かになり、撮ることの楽しみが増えた。
これは5年くらい使った。結婚してからの子なし時代だったので、旅行のお供も多い。特にハイライトと言えば、新婚旅行で行ったケニアのサバンナにて、300mmのキットレンズとともに頑張ってくれたことと、大学時代の友人の結婚披露パーティーでカメラマンをやったことか。友人は、プロを雇うほどでもないという考えから大した期待もなく僕に依頼してきたようだが、経験上写真の出来栄えはすごくすごく大事なので、自分の式の写真を思い出しながら、良い雰囲気を写真に残せるよう努力した。何枚かは、美しい思い出のよすがになってくれているだろうか。
転職・転居・子の誕生を経て、カメラ・写真に対する考え方は大きく変わった。子を撮るという観点から、広角レンズや合焦が速いレンズにも関心が向き、対応のためにD7000からD7500に更新したが、それまで以上に活躍しているとは言い難い。
子ども連れでの旅行では、子ども自身に加えて何かと荷物も増えるという状況の中で、その全てをかみさんに任せて自分のための撮影に割ける時間は多くない。被写体を探すための感受性の維持を含めて、ある程度の集中力を投入しないと楽しめないのである。一方で、いくら家族とはいえ、単なる旅先の記念写真を撮ることには興味が無い。「スマホで十分」というやつだ。諸々の荷物に加えてカメラを持っていくかという点も、毎度逡巡する。
では一人で休日に街へ出るかという気にも、もはやならなかった。僕は大阪という街を撮りたいと思わない。東京は、歴史的な成り立ちや地理空間としての構造についてある程度の肌感覚があった上で、それをある瞬間ある場所で自分が撮る、いわば切片を作るような営みに魅力を感じていた。大阪にはそれが無い。理由はあまり考えたくない。個人史上の経緯の問題かもしれないし、単に歳をとったからかもしれない。一緒に撮影会をしてくれるような友人も、無論いない。
最近は自転車や山登りに緩く関心があり、これまた独りでやっている。その最中でも撮りたいと思うことはあるのだが、基本的には漕いだり登ったりする行為そのものを楽しんでいるので、カメラの重さと「撮りたさ」との釣り合いは、とれないことが多い。
そう、結局、「重いから使わなくなった」という死ぬほど凡庸な結論だ。やはり、歳を取ったのかもしれない。
取り立てて写真の良し悪しが判る方とも思わないが、僕は自分の写真がわりと好きだ。僕は絵も楽器もうまくなくて、自分の思うように表現できないので好きではないが、自分の写真は好きになれた。いわゆるきれいな写真とか、すごい写真を撮ることに興味はない。最大公約数的に美しい被写体、皆が群がって撮っているものを撮ることは、僕のしたい「撮る」とは少し違うのだ。僕は、言葉にしてしまえばありきたりだがやはり、自分しか撮れない、というより撮らないような写真を撮りたいと思う。そしてある程度そのための感覚や技術はある、と思っている。どの角度と距離感で、何と一緒に、どこにどの範囲でピントを合わせて、どのくらいの明るさで。人生全般、あまり個性を出したいタイプではないが、文章と写真については、多少、こだわりたいところがある。
写真を撮ることを表現と位置付ける上でのスタンスとして、「自分が見ているものを撮る」ことが必要と思っていた。即ちOVFである。記録がデジタルである以上、要はどこで線を引くかという問題でしかないのだが、ファインダー越しにフィジカルに接続している世界に対峙する、という意味合いは、自分の中に確かにあった。
その思いは今でも否定しないが、それでも、使わなければ意味が無い。そこまで自分を納得させてようやく、Nikon Fマウントの一切を売ることにした。
・D7500
・35mm
・40mm Micro
・50mm
・10-20mm
・18-105mm
・70-300mm
楽しかった。もう、満足した。気が済んだ。
メルカリやヤフオクなんかだと、うまくすると結構良い値段で売れるのだろうか。でも、マップカメラあたりでどかっと売りたい。手間をかけたくないというのもあるし、それなりに念も入っているので、そのまま個人に引き継ぐよりも、いったん商業的な「禊」を受けてほしい。そうか、貨幣経済って、そういうことなんだなあ。
次の最有力候補はオリンパスEVF付ミラーレスで、軽くて、コマンドダイヤルが2個あって、親指AFができて、レンズのラインナップがそこそこあって、比較的廉価。

僕はまた写真を撮れるだろうか。